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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)153号 判決 1993年2月16日

仙台市青葉区川内

原告

財団法人半導体研究振興会

同代表者理事

岡村進

同訴訟代理人弁理士

深沢敏男

添田全一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

飛鳥井春雄

奥村寿一

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者双方の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が昭和63年審判第12257号事件について平成3年4月18日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年5月15日、名称を「モニタを備えたドライエッチ装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和55年特許願第64773号)したところ、昭和63年5月6日拒絶査定を受けたので、同年7月7日査定不服の審判を請求し、昭和63年審判第12257号事件として審理された結果、平成3年4月18日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月10日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

エッチング用原料ガス、中間生成物のうち少なくともいずれか一つおよび反応生成物のそれぞれに固有な赤外吸収ピークに対応した波長を有する多波長赤外線光源系(1、2)と赤外線透明窓(4、5)を具備したエッチングチャンバー(9)と、赤外線検出系(11、12、13、14)と自動制御システム(18、19、20、25、26)と前記エッチング用原料ガスを充填したガス容器(28)とで少なくとも構成され、前記赤外線検出系からの複数の電気信号(15、16、17)を前記自動制御システムによって演算、記憶、制御することにより、エッチング深さを自動制御することを特徴とするドライエッチ装置

(別紙第一参照)

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、昭和51年実用新案登録願第186505号(昭和53年実用新案出願公開第53970号公報)の願書及びこれに添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和53年5月9日特許庁発行。以下「第一引用例」という。別紙第二参照。)には、プラズマエッチング室と排気装置とを結ぶ管の途中の管壁に赤外線を透過する少なくとも二箇所の透明板と一方の上記透明板を通して管内に照射することのできる赤外線発生装置と、他方の上記透明板から前記管内に照射した光を受光することのできる光検出装置とを設け、SiF4ガス濃度によってエッチング終了時点を検出するようにしたプラズマエッチング装置(以下この技術事項を「技術事項1」という。)が記載され、さらに、「上記装置によればCF4ガスに限らず、それぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、ガス濃度が測定でき、エッチング終了時点が明確になる。」(明細書5頁14行から17行)(以下この技術事項を「技術事項2」という。)と記載されている。

また、昭和47年特許出願公開第8050号公報(以下「第二引用例」という。別紙第三参照。)には、光源は蒸気に対して反対側の受光装置と整合して炉壁に配位され、受光装置から得た情報に基づいて蒸気密度を実質的に一定に維持し、基板への沈着層の厚味を制御するようにした蒸着装置が記載されている。

そこで、本願発明と第一引用例記載の技術事項1と比較すると、ドライエッチとプラズマエッチングとの間に何ら差異はなく、また、技術事項1には、エッチング用原料ガスを充填したガス容器について記載はないが、プラズマエッチング装置である以上、前記ガス容器を当然有しているから、本願発明と技術事項1とは、反応生成物に固有な赤外吸収ピークに対応した波長を有する赤外線光源系と、エッチングチャンバーと、赤外検出系と、エッチング用原料ガスを充填したガス容器とで構成され、前記赤外線検出系からの電気信号によって、エッチングを制御するドライエッチ装置の点で共通であり、本願発明は、<1>エッチング用原料ガス、中間生成物のうち少なくともいずれか一つ及び反応生成物のそれぞれに固有な赤外吸収ピークに対応した波長を有する多波長赤外線光源系を用いている点(相違点1)、<2>エッチングチャンバーに赤外線透明窓を具備した点(相違点2)、<3>自動制御システムによって演算、記憶、制御することにより、エッチング深さを自動制御する点(相違点3)で、前記技術事項1と一応相違している。

次に、上記相違点について検討する。

相違点1について

前記第一引用例記載の技術事項2には、CF4ガスに限らず、それぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、エッチング終了時点が明確になることが示されているから、前記技術事項1記載のプラズマエッチング装置においても、正確さを期するため、エッチング用原料ガスと中間生成物のうち少なくともいずれか一つ及び反応生成物のそれぞれ固有な赤外吸収ピークに対応した波長の多波長赤外線を用いることに格別な創意工夫を要しない。

相違点2について

前記第一引用例記載のプラズマエッチング装置では、プラズマエッチング室と排気装置とを結ぶ管の途中の管壁に赤外線を透過する二箇所に透明板を設けているが、前記第二引用例記載の蒸着装置においては、光源を蒸気に対して反対側の受光装置と整合して炉壁に配位している。通常、反応状態を監視するにあたっては、精度の高い情報を得るため、その測定装置を反応場所近傍に設置することは常識であるから、前記第一引用例記載のプラズマエッチング装置においても、赤外線を透過する透明板をプラズマエッチング室の二箇所に設けることは格別に困難なことではない。

相違点3について

前記第一引用例記載のプラズマエッチング装置では、光検出装置によりSiF4ガスの濃度を監視し、エッチングの制御を行っており、前記第二引用例記載の蒸着装置においても、受光装置から得た情報により、基板への沈着層の厚みを制御している。そして、得られた情報に基づき自動制御システムによって演算、記憶、制御することは常套手段であるから、前記第一引用例記載のプラズマエッチング装置において、光検出装置からの信号でエッチング深さを自動制御することは容易に想到できることである。

したがって、本願発明は、前記第一引用例に記載された技術事項1及び技術事項2と前記第二引用例に記載された発明とに基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

第一引用例及び第二引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と第一引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、次のとおり、第一引用例記載のものと本願発明との技術的思想の差異を看過して相違点1についての判断を誤り、また第一引用例記載のものと第二引用例記載のものとの技術内容の差異を看過し、かつ技術常識の認定を誤って相違点2の判断を誤り、さらに第一引用例記載のもの及び本願発明の技術内容を誤認して相違点3についての判断を誤った結果、本願発明は第一引用例記載のもの及び第二引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断を導いたものであるから、審決は違法で取り消されるべきである。

(1)  相違点1についての判断の誤り(取消事由1)

審決は、相違点1について第一引用例記載の「技術事項2には、CF4ガスに限らず、それぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、エッチング終了時点が明確になることが示されている」との認定を前提に「技術事項1記載のプラズマエッチング装置においても(中略)エッチング用原料ガス、中間生成物のうち少なくともいづれか一つおよび反応生成物のそれぞれ固有な赤外吸収ピークに対応した波長の多波長赤外線を用いることに格別な創意工夫を要しない。」との判断を導いている。

しかしながら、この前段の認定は誤っている。

すなわち、確かに、第一引用例には、「上記装置によれば、CF4ガスに限らず、それぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、ガス濃度が特定でき、エッチング終了時点が明確になる」(明細書5頁14行ないし17行)という技術事項2の記載があるけれども、上記の「CF4ガス」の記載は、第一引用例明細書4頁17行、5頁3行、5頁10行の各「CF4ガス」の記載とともに「SiF4ガス」の誤記であって、そのように読み替えるべきであり、技術事項2の趣旨は、使用ガス(原料ガス)としてCF4ガス以外の種々のものが使用された場合に言及して、「SiF4ガスに限らず、それぞれの使用ガス(原料ガス)に対応して発生する(反応生成する)ガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、ガス濃度が測定でき、エッチング終了時点が明確になる」という趣旨に解すべきである。そして、第一引用例記載のものは、エッチング終了時点が明確になるプラズマエッチング装置を提供するものである(明細書1頁18行ないし20行)が、具体的にはフレオン(CF4)ガスを用いてエッチングする場合、反応によりSiF4を生成するときに、エッチングチャンバー出口にSiF4ガス濃度検出器を設置し、SiF4ガス濃度によってエッチング終了時点を検出するプラズマエッチング装置を提供し、エッチング終了時点を明確にし、正確なエッチングを可能とするものである(明細書3頁2行ないし6行)。そうすると、第一引用例には、エッチング終了時点を明確にするために、反応生成物であるSiF4のガス濃度を測定することしか示されておらず、このため、第一引用例の「それぞれのガス」(明細書5頁15行)との記載は発生ガス(反応生成物)のみを指しており、原料ガス、中間生成物のうち少なくともいずれか一つを合わせ用いてエッチング終了時点が分かるようにするという技術的思想は開示されていない。

したがって、審決が上記後段において「技術事項1記載のプラズマエッチング装置においても、正確さを期するため、エッチング用原料ガス、中間生成物のうち少なくともいづれかひとつおよび反応生成物のそれぞれ固有な赤外線吸収ピークに対応した波長の多波長赤外線を用いることに格別な創意工夫を要しない」とした判断も誤りといわなければならない。

すなわち、上記のとおり第一引用例記載の技術事項1及び2の技術的思想は、単に反応生成物のみを測定するというものである。この反応生成物の濃度の低下を判定することにより終了時点を検出する構成では、原料ガスの供給装置の故障などにより原料ガスの低下が生ずる際にもエッチング終了と誤認する欠点がある。これに対し、本願発明では、この欠点を解決するために、単にエッチング終了時点を明確にすることを技術的課題(目的)とするのみならず、放電状態をモニターすることにより自動制御システムによって放電状態を制御して正確なエッチングがなされるようにすることをも技術的課題(目的)として、原料ガス、中間生成物のうち少なくとも一つを反応生成物とともに測定する構成をとっており、正確にエッチングに寄与する分のみを積分することができるので、きわめて再現性が良く、精度の高いエッチングが可能となる。このような本願発明の技術的課題(目的)、構成は、全く第一引用例には示されていないし、この構成をとることに格別の創意工夫を要しないということはできない。

(2)  相違点2に対する判断の誤り(取消事由2)

審決は、相違点2に関して、第二引用例記載の蒸着の光学的測定手段に言及し、「通常、反応状態を監視するにあたっては、精度の高い情報を得るため、その測定装置を反応場所近傍に設置することは常識であるから」、第一引用例記載の「プラズマエッチング装置においても、赤外線を透過する透明板をプラズマエッチング室の二箇所に設けることは格別に困難なことではない。」と判断している。

しかしながら、第一引用例記載のものと第二引用例記載のものとは技術内容が異なり、本質的に系の構成要件が異なっており、第二引用例記載のものを第一引用例記載のものに適用するのは誤りである。

すなわち、第二引用例記載のものは、蒸着装置に関するもので、反応を伴わず、反応生成物とか中間生成物が存在せず、第二引用例記載のものには反応場所近傍がありえないし、反応状態を監視するにあたりその測定装置を反応場所近傍に設置するという技術事項は、一般的にすべての技術に適用できるものではなく具体的な反応装置や測定装置の特性を考慮しないと判断できないものであり、かえって、反応装置においては、反応生成物の濃度、量を知るためには、第一引用例が開示するように反応室の出口で測定するのが常識であり、常識についての審決の判断は誤っている。また、第一引用例記載のもの及び本願発明の系は、ガス導入部分、反応場所近傍、反応生成物排気部分とから構成され、ガスがこれらの部分を順次流れている開放系であるが、第二引用例記載のものは、蒸着装置で、基本的に真空装置の内部に蒸着源がある閉じた系で、第一引用例記載のものと本質的に異なる。さらに、第二引用例記載のものでは、光源に紫外線を用いており、赤外線を使用している第一引用例記載のものと異なり、感度の高い検知器が容易に入手できる一方で、赤外吸収する物質があっても、第二引用例記載のものの圧力範囲では全く測定不能であり、第一引用例記載のものとは、技術内容が違うから、第一引用例記載のものに適用することができないものである。

したがって、審決の判断は誤っているといわなければならない。

また、半導体研究16巻・超LSI技術3(西沢潤一編・株式会社工業調査会発行)(乙第2号証。以下「周知例2」という。)41頁左欄図2.23下4行ないし6行に「レーザ光を照射することによって反応が促進されるのではないかという懸念がある。」と記載されているように、レーザラマン分光法においては反応場所近傍にレーザ光を照射すれば、その反応が促進されてしまい、精度の高い情報を得ることができなくなる可能性がある。また、周知例2の41頁右欄図2.22(b)下16行ないし42頁左欄3行に「反応炉内での抵抗率のin situ monitorは非常にむずかしいので、現状で考えられる最良の方法は、反応管入口にできるだけ近い個所で」と記載されているように、反応場所近傍で直接測定することは困難である。さらに、日経エレクトロニクス1978年7月10日号(乙第1号証。以下「周知例1」という)122頁図14には、探針法によるドライエッチングモニタリングが示されているが、プラズマ放電空間に探針を入れて測定することは、JOURNAL OF APPLIED PHYSICS VOL.23 NO.9(甲第11号証)1035頁のアブストラクトに記載されているように、探針の表面に吸着、堆積、スパッタリングが生ずるため、非常に困難なことであるし、探針の表面がエッチングされてそのエッチング生成物が半導体基板等の被エッチング試料の表面に付着し、試料が汚染されるという実用上の問題を生じ、高純度、高精度なプラズマエッチングができないという欠点がある。

以上述べた3例で明らかなように、測定装置を反応場所近傍に設置したいという願望又は目的は当業者が考えうる常識事項であるが、具体的に反応場所近傍に設置して精度の高い情報が得られるか否かは決して常識事項ではなく、詳細な調査研究が必要である。また、容易に理解される点であるが、エッチング用原料ガスは反応容器の入口付近で最も濃度が高く、反応生成物は反応容器出口付近で集中させて測定した方がより多くの情報が得られる。つまり、赤外線吸収ピークを測定するのに、それぞれ対象とするガスによって光を通す最適な場所は異なり、単に反応場所近傍に設置するという発想は不可能であり、それぞれ具体的な反応装置固有の条件を総合的に判断して、どこに測定手段を設置すべきか決定するものである。これらの点からも、審決の「通常、反応状態を監視するにあたっては、精度の高い情報を得るため、その測定装置を反応場所近傍に設置することは常識である」との認定は誤っているといわなければならない。

(3)  相違点3に対する判断の誤り(取消事由3)

審決は、第一引用例の「プラズマエッチング装置では、光検出装置によりSiF4ガスの濃度を監視し、エッチングの制御を行っており」との認定のもとに、第一引用例記載の「プラズマエッチング装置において、光検出装置からの信号でエッチング深さを自動制御することは容易に想到できることである」と判断している。

しかしながら、この認定判断は誤りである。

すなわち、第一引用例記載のものでは、その第5図からわかるように、エッチングが終了すると赤外線の吸収率が下がることから、エッチング終了時点を判断してオーバーエッチングにならないようにしている。つまり、エッチング反応が変化した時点で停止しているだけであり、一定のエッチングが定常的に進行している過程中にエッチング条件を調節することができず、第一引用例は、Si3N4とSiO2とのようにエッチング終了時点の前後でエッチングを説明する反応式及び反応生成物が変わる場合にのみ適用することができる技術である。

これに対し、本願発明は、Si3N4膜の下地がSiの場合とか、同じSi膜中の場合あるいは同じSi3N4膜中の場合のように、原料ガスを送るとエッチングが継続して起き、同一の反応式でエッチングが説明できる場合でもエッチング深さを自動的に制御するもので、例えばSi3N4膜のエッチングにおいてその途中で所定の深さのところでエッチングを停止して、所望の深さのエッチング部が得られるように制御するものである。このような本願発明の構成は、第一引用例、第二引用例のいずれにも示唆されていない。

さらに、本願発明は、前述のとおり、反応生成物のほかにエッチング用原料ガス、中間生成物のうち少なくともいずれか一つの固有の赤外ピークを測定し、それらの赤外線検出系からの電気信号を用いて自動制御するもので、この手段により再現性がきわめて良く、エッチングが行えるのである。具体的には、第6図において、エッチング深さの演算系18はSiF4の信号を積分してゆきエッチング深さを算出し、所定の深さで放電をストップさせるなどの指示を出すが、それとともにSiF4の信号とは所定の相関関係を有するC3F8又はCF4の電気信号を取り出すことによりエッチング速度が急激に上昇した場合にエッチング速度を一定に制御するなど容易にエッチング条件の制御をすることができる。

したがって、本願発明のエッチングの制御手段は当業者が容易に想到できることではない。

第3  請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。

(1)  取消事由1について

原告は、本願発明では、原料ガス、中間生成物のうち少なくとも一つを反応生成物とともに測定する構成をとっているのに対し、第一引用例記載の技術事項1及び2の技術的思想は、単にエッチング終了時点を明確にするために反応生成物のみを測定するというものであり、本願発明の構成は、全く第一引用例には示されていない、と主張し、その立論の前提として、審決が第一引用例記載の技術事項2には、「CF4ガスに限らず、それぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、ガス濃度が特定でき、エッチング終了時点が明確になることが示されている」とした点について、上記(第一引用例明細書5頁15行)の「CF4ガス」の記載は、第一引用例明細書4頁17行、5頁3行、5頁10行の各「CF4ガス」の記載とともに「SiF4ガス」の誤記であると主張している。

確かに、第一引用例明細書4頁17行、5頁3行、5頁10行の各「CF4ガス」の記載が「SiF4ガス」の誤記であることは明白であるが、第一引用例明細書5頁15行の「CF4ガス」は「SiF4ガス」の誤記ではない。そして、ドライエッチングに使用する原料ガスは種々あり、エッチング対象により種々の発生ガス(反応生成物)が生ずることは本件出願前周知であり、エッチングしているときには、エッチング室内に反応生成物以外に原料ガス、中間生成物も存在する。また、第一引用例記載のものも、排気装置内を原料ガス、反応生成ガスが通過しており、SiF4ガス濃度を測定することを示している。さらに、CF4ガスを用いたエッチングにおいてエッチングに関する情報として当該スペクトルが役に立つものであれば、当該ガスの吸収率をも測定すればよいことである。そうすると、第一引用例の「それぞれのガス」(明細書5頁15行)を反応生成ガスに限定して理解することはできず、原告の主張は失当である。

なお、原料ガスの導入量の変動がある場合に、その変動が反応の変化であると誤認するおそれがあると予測できるときは原料ガスの検出を行わないのは当然であり、また、炉内の種々の材料の相対量を連続して監視するため種々の材料に対応した光による感知装置を用いることは周知で、複数種の情報が存在するとき目的に応じて必要とする情報を複数選択することも常套手段であるから、第一引用例に原料ガス、中間生成物のうちの少なくともいずれか一つを合わせ用いてエッチング終了時点が分るという技術的思想が開示されていないとは言えない。

(2)  取消事由2について

原告は、第二引用例記載のものは蒸着装置に関するもので、反応を伴うものでなく、反応生成物とか中間生成物は存在せず、反応場所近傍というものも存在しない、と主張する。

確かに、第二引用例記載のものの蒸着装置では、反応生成物とか中間生成物は存在しない。しかし、その蒸着装置でも、蒸気は基板に方向付けられ、基板上に凝集しており、その蒸気の状態を知るため、蒸気中に光を透過させているから、基板近傍に光を通していることに変りはなく、第二引用例は、光が炉内を直接透過するように光源と受光装置を配位するという技術的思想を開示し、基板近傍の状態を十分に知り得ることを示しているから、原告の主張は理由がない。

そして、反応状態を監視するにあたり、精度の高い情報を得るために測定装置を反応場所近傍に設置することが技術常識であることは、周知例1(ことに図13、14及び16)、同2(図2.22及び2.23)から明らかである。

したがって、前記常識をもってすれば、第二引用例記載の技術を勘案して、第一引用例記載のものにおいても、赤外線を通過する透明板をプラズマエッチング室本体に設けることは、当業者にとって格別困難なことではない。

また、原告は、第二引用例記載のものでは、光源に紫外線を用いており、赤外線を使用している第一引用例記載のものと異なる、と主張している。

しかしながら、物質によって光の吸収スペクトルが異なることは明らかであり、測定対象に応じて吸収スペクトルに適した光源を選択することは当然であって、紫外線と赤外線とで相違していても、そのことが相違点2の判断に影響を与えることはない。

(3)  取消事由3について

原告は、本願発明では、再現性がきわめて良く、エッチングが行え、容易にエッチング条件の制御をすることができる、と主張する。

しかしながら、本願明細書第4図及び第5図に示された関係は、閉じた系でのそれぞれの相関関係を示しており、開放系における相関関係を示しておらず、また、赤外線検出系からの複数の電気信号を自動制御システムによって演算、記憶、制御することによりエッチング深さを自動制御することが記載されているだけで、本願明細書を見ても、どのようにCF4もしくはC3F8濃度の変化を同時に測定してその相関関係から導入ガスCF4の変動が原因であるか否かの判定ができるのか明らかでないから、原告の主張は失当であり、審決の認定判断に誤りはない。

第4  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中において引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  甲第5号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、半導体装置及び半導体集積回路の製造装置としての、エッチング深さを自動制御するドライエッチング装置に関する(平成3年2月4日付手続補正書添付の全文訂正明細書(以下「補正明細書」という。)2頁18行ないし20行)。

従来、ドライエッチングにおけるモニタシステムでは、エッチング深さのその場観察と材料が異なる境界層をエッチング終点モニタとして検出することが独立に行われてきたが、前者についてはエッチング条件の変化に伴うエッチング速度の変化を検出できないという欠点があり、後者については二種材料の境界検出の精度に問題があり、かつ装置が大型で高価になるという欠点があった。

この問題を解決するため赤外吸収分光を用いた装置として第一引用例記載のものがあるが、この装置には、下地の膜の材質が限定される、Si膜を所定の深さまで選択的にエッチングする場合に不適である、使用する赤外線の検出感度の高い光電子管の入手が困難である等の問題点があった(同3頁3行ないし7頁3行)。

本願発明は、上記の欠点を除去し、放電状態を正確にモニターし、再現性が良く、かつ自動的にエッチング深さを制御する自動深さ制御ドライエッチング装置を提供すること(同7頁5行ないし8行)、いかなる種類の多層膜のエッチングにおいても、その下地の膜の材料に限定されることなく、エッチング終了時点が明確になる、自動深さ制御ドライエッチング装置を提供すること(同7頁9行ないし13行)、エッチング室からの放出ガスや、制御用電子回路の温度変化による影響によってもエッチング深さ精度が影響されない、自動深さ制御ドライエッチング装置を提供すること(同14行ないし18行)を技術的課題(目的)とするものである。

(2)  本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨記載の構成(補正明細書1頁5行ないし19行)を採用した。

(3)  本願発明は、前記構成により、プラズマ状態にほとんど擾乱を与えることなく複雑なプラズマ状態を正確にモニタでき、このモニタからの複数の電気信号で、正確にエッチング深さを制御でき、間接的には被加工物(基板)の温度制御まで可能となり、また、積分量制御型でありながら、きわめて再現性が良く、精度の高いエッチングが可能であり、さらに途中でエッチング速度を変えたり、エッチングの指向性を変化させるなどの多段ステップのエッチングにも応用でき、VLSI製造プロセスで重要なトレンチエッチングなどに適用すればダメージフリーでかつ精度の高いエッチングが可能となり、同種の元素を含む多層膜たとえばSi/SiO2/Si3N4の3層膜を任意のエッチング深さでエッチング終了でき、その制御性がきわめて高い(補正明細書19頁12行ないし20頁17行)という作用効果を奏するものである。

3  第一引用例及び第二引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と第一引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

4  取消事由1について

(1)  原告は、相違点1に関し、第一引用例には、エッチング終了時点を明確にするために、反応生成物であるSiF4のガス濃度を測定することしか示されておらず、原料ガス、中間生成物のうち少なくともいずれか一つを合わせ用いるという技術的思想は開示されていないのに対し、本願発明は、原料ガス、中間生成物のうち少なくとも一つを反応生成物とともに測定する構成をとっているから、審決が「第一引用例記載の技術事項2には、CF4ガスに限らず、それぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、エッチング終了時点が明確になることが示されている」とした認定は誤っており、「技術事項1記載のプラズマエッチング装置においても、正確さを期するため、エッチング用原料ガス、中間生成物のうち少なくともいづれかひとつおよび反応生成物のそれぞれ固有な赤外線吸収ピークに対応した波長の多波長赤外線を用いることに格別な創意工夫を要しない」とした判断も誤っている、と主張する。

(2)  そこで、第一引用例について検討すると、甲第6号証によれば、第一引用例は、考案の名称を「プラズマエッチング装置」とする実用新案登録願書及びこれに添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムであって、その明細書には、この考案の技術的課題(目的)、構成、作用効果について次のとおり記載されていることが認められる。

<1>  この考案は、「半導体装置等の製造に用いるプラズマエッチング装置に関し、エッチング終了時点が明確になるプラズマエッチング装置を提供するもの」(明細書1頁17行ないし19行)である。

「従来、多結晶Si膜、Si3N4膜等をフレオン(CF4)ガスを用いてエッチングする場合、(中略)エッチング終了時点が明確でないため、オーバーエッチングになってホトレジストパターン寸法Wよりもエッチングパターンlの方が大きくなり、IC、LSIの歩留り低下の大きな原因となる。本考案は(中略)エッチング終了時点を明確にし、正確なエッチングを可能とする」(明細書2頁1行ないし3頁6行)ことを技術的課題(目的)とするものである。

<2>  この考案は、上記技術的課題を達成するため、「プラズマエッチング室と排気装置とを結ぶ管の途中の管壁に赤外線を透過する少くとも2個所の透明板と、一方の上記透明板を通して管内に照射することのできる赤外線発生装置と、他方の上記透明板から前記管内に照射した光を受光することのできる光検出装置とを設けたことを特徴とするプラズマエッチング装置」(明細書1頁5行ないし11行)という構成を採用した。

<3>  この考案は、「赤外線吸収率によってエッチング終了時点が明確になるため、ホトレジストパターン寸法とほぼ同じのエッチングパターンを得ることができるため、高い歩留のIC、LSIを得る」(明細書6頁4行ないし8行)という作用効果を奏する。

(3)  そして、甲第6号証と前記争いがない事実によれば、第一引用例には、「本考案はエッチングチャンバー出口にSiF4ガス濃度検出器を設置し、SiF4ガス濃度によってエッチング終了時点を検出するプラズマエッチング装置を提供」(明細書3頁2行ないし5行)することが記載され、また、「第3図に本考案の一実施例にかかるプラズマエッチング装置の概略図を示す。エッチングチャンバー10内にエッチングする基板11(中略)を入れ、CF4ガスを導入しプラズマ状態にすると、(中略)SiF4ガスが発生する。発生したSiF4ガスはエッチングチャンバー10のガス出口12からロータリーポンプ13に向かって流れる。14はガス出口12とロータリーポンプ13の間に設けられた測定管である。(中略)そして、赤外線発生装置17から発生した赤外線を透明板15を通して測定管14内に照射し、透明板16、測定管14内に照射した光を透明板16を通して光電子倍増管18に受光し、赤外線強度を測定する。」(明細書3頁7行ないし4頁4行)及び「この装置においては、ガス濃度に比例して赤外線が吸収され、残りの赤外線は透明板16を通過し、光電子倍増管18で赤外線強度をカウントする。そうすると、第5図に示すように、エッチングが終了していないときはCF4〔「SiF4」の誤記であることは、争いがない。〕濃度が高いために波長9.8μmの赤外線の吸収率が高く、エッチングが終了すると赤外線の吸収率が下がる。故に、赤外線吸収率を測定することにより、エッチング終了時を判断することができる。」(明細書5頁6行ないし14行)と記載され、さらに「なお、上記装置によればCF4ガスに限らず、それぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、ガス濃度が測定でき、エッチング終了時点が明確になる。」(明細書5頁14行ないし17行。審決が「技術事項2」としたもの。)との記載もあることが認められる。

(4)  (2)及び(3)の認定事実に基いて検討してみると、第一引用例には、CF4ガスを用いてエッチングする場合SiF4ガス濃度検出器によりSiF4ガス濃度を検出してエッチング終了時点を明確にすることが記載されていることが明らかである。ところで、第一引用例明細書4頁17行、5頁3行、5頁10行の各「CF4ガス」の記載が「SiF4ガス」の誤記であることは争いがなく、技術事項2の記載中の「CF4ガス」も「SiF4ガス」の誤記である可能性が全くないわけではない。しかしながら、それが誤記であるか否かにかかわらず、この「CF4ガス」の記載はそれに引き続いて「に限らず」との記載を伴っており、当然記載されたガス以外のものの存在を前提とする記載の一部であるにすぎないところ、技術事項2中には「上記装置によれば(中略)特有な波長の吸収率を測定することにより、ガス濃度が測定でき」との文言がありながら、その測定される対象については「それぞれのガス」という以外に第一引用例中に何ら制限する記載がないことが明らかである。エッチング中反応生成物以外のガスが存在する場合においてそのガスのスペクトルがエッチングに関する情報として役に立つものであるときに、わざわざ当該ガスの吸収率を測定することを除外すべき理由もないから、上記の「それぞれのガス」を反応生成物に限定すべき謂れはなく、技術事項2中の「それぞれのガス」とは、「上記装置」内のガス、すなわち第一引用例第3図のエッチングチャンバー10からロータリーポンプ13までの間にあるガス一般のことを指し示すと判断すべきであり、技術事項2は、CF4ガスを用いたプラズマエッチング装置において、SiF4ガス、CF4ガスその他の当該エッチング装置内のそれぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することにより正確なエッチング終了時点を明確にすることができることを示唆するということができる。

原告は、技術事項2の趣旨は、使用ガス(原料ガス)としてCF4ガス以外の種々のものが使用された場合に言及して、「SiF4ガスに限らず、それぞれの使用ガス(原料ガス)に対応して発生する(反応生成する)ガスに特有な波長の吸収率を測定することにより、ガス濃度が測定でき、エッチング終了時点が明確になる」という趣旨に解すべきである、と主張するが、甲第6号証によれば、第一引用例にはプラズマエッチングを行う材料としてCF4ガス以外のものに言及した記載は全くないことが認められ、技術事項2が、原料ガスとしてCF4ガス以外の種々のものが使用された場合に言及したと判断することは難しく、上述したところをも合わせれば、この原告の主張は理由がないというほかはない。

したがって、第一引用例に記載された技術事項2は、CF4ガスを用いたプラズマエッチング装置においてエッチング終了時点を明確にするために、反応生成物であるSiF4ガスの外にエッチング原料ガスであるCF4ガス、中間生成物としてのガスがあればその中間生成物をも含めてそれぞれのガスに特有な波長の吸収率を測定することが示唆されているというべきである。

そうすると、相違点1に関する前記(1)記載の原告の主張は失当といわざるをえず、この点についての審決の判断は正当である。

5  取消事由2について

(1)  原告は、相違点2について、第二引用例記載のものは、蒸着装置に関するもので、反応を伴わず、反応生成物、中間生成物、反応場所近傍がありえず、反応状態監視の測定装置を反応場所近傍に設置するという技術事項は、具体的な反応装置、測定装置の特性を考慮せずには判断できないもので、反応装置においては、反応生成物の濃度、量を知るためには、第一引用例が開示するように反応室の出口で測定するのが常識であり、また、第一引用例記載のもの及び本願発明は、開放系であるのに対し、第二引用例記載のものは閉じた系で、第一引用例記載のものと本質的に異なり、さらに、第二引用例記載のものでは、光源に紫外線を用いており、赤外線を使用している第一引用例記載のものと異なり、第一引用例記載のものとは、技術内容が違うから、第一引用例記載のものに適用することができず、審決の相違点2に関する判断は誤りである、と主張する。

(2)  甲第7号証によれば、第二引用例は、発明の名称を「蒸気密度を監視する方法及び装置」とする特許出願公開公報であって、この発明の技術的課題(目的)、構成、作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

<1>  この発明は、蒸着炉において蒸気密度を監視する手段に関し、詳細には吸収分光によって蒸着炉の予定位置で蒸気密度を正確に測定する改良した方法及び装置に関する(1頁右下欄14行ないし2頁左上欄2行)。

蒸発及び沈着時に、往々基板への沈着層の厚味を制御することが所望される。これを行う一つの方法は蒸気の密度を監視し、加熱入力を制御するためのフィードバック系においてこの監視した情報を使用させることである。

したがって、この発明の技術的課題(目的)は、電子ビーム炉において蒸気密度を連続して正確に監視するための手段を提供すること、蒸気密度を連続的な基準で正確かつ信頼性をもって測定する手段を提供すること、蒸着系において蒸気密度を連続的に監視し、かつこのようにして得た情報を蒸気密度を実質的に一定に維持するために使用するための手段を提供すること、吸収分光によって蒸発源に近傍して蒸気密度を測定するための手段を提供することにある(2頁左下欄1行ないし右下欄11行)。

<2>  この発明は、上記技術的課題を達成するため、電子ビームが蒸気源を加熱するように使用される電子ビーム炉において生じた蒸気元素の密度を測定するための装置において、蒸気源から予定の距離に配置されかつ放出せしめられた蒸気と光学的に連通する如くになった光源と、蒸気に対し反対側で前記光源と光学的に連通するようにかつ光路が電子ビームから相当に隔たっているような位置に配置されている受光装置とからなり、前記受光装置は蒸気元素の特定のピーク吸収波長に対応する波長の光を伝達し同時に他の光波を遮断するようになった濾光器を含み、さらに前記受光器は蒸気から前記濾光器の反対側に配置され上記光源から蒸気を経て通る光の強度を感知する光感知装置を含み、それによって蒸気密度の指示を与えるようになった装置、という構成(1頁左下欄13行ないし右下欄12行)を採用した。

<3>  この発明は、蒸着装置において蒸気密度の指示を与えるための高度に有用でかつ便宜な方法及び装置を提供するという顕著な作用効果(8頁左上欄1行ないし3行)を奏する。

(3)  そして、甲第7号証によれば、第二引用例には、「本発明による装置は、一般的に、蒸発材料14を含むるつぼ12から予定距離に配置された受光装置10を含み、受光装置10は電子ビームから偏位した領域の放出された蒸気15と光学的に連通せしめられている。光源16は蒸気に対し反対側の受光装置と整合して配位されている。」(2頁右下欄13行ないし3頁左上欄3行)と記載されていることが認められる。

この事実と(2)及び前記4における認定事実によれば、第二引用例には、光源と受光装置とを真空容器の炉壁に整合して配置し、蒸着ガスの蒸気(ガス)密度を吸収分光によって連続的に正確に測定して監視し、得た情報により蒸気密度を一定にすることが記載されており、第一引用例記載のものと第二引用例記載のものとは、真空容器(チャンバー)を有し、容器内のガスの密度状況により第一引用例記載のものにおいては試料のエッチング状況、第二引用例記載のものにおいては試料(基板)への沈着状況が刻々と変化することを利用して、当該真空容器内のガス密度(濃度)を連続的に光学的に測定することにより刻々と変化するエッチング状況なり蒸着状況なりの真空容器内の製造プロセスを監視するという点においては共通するものということができる。したがって、第二引用例「記載の蒸着装置においては、光源を蒸気に対して反対側の受光装置と整合して炉壁に配位している。」とした審決の認定に誤りはない。

もっとも、原告は、第二引用例記載のものにおいては、反応を伴わないから、反応生成物とか中間生成物が存在せず、反応場所近傍というものも存在しない、と主張する。

しかし、上記のとおり第二引用例記載のものを適用することのできる理由は、反応の有無と全く関連を持たないのであるから、この主張は当を得ないというべきである。

また、原告は、第二引用例記載のものでは光源に紫外線を用いており、赤外線を使用している第一引用例記載のものと異なる、と主張するが、チャンバー内のガスの種類によって分光吸収する光線波長が異なることは技術上当然というべきであり、当業者ならば所定の波長の光線を容易に選択しうるものにすぎず、この主張も失当である。

そして、前記認定のとおり本願発明の構成には、エッチングチャンバーとエッチング原料ガスを充填したガス容器とが含まれ、特に開放系であることを構成要件としていないのであり、上記のとおり、審決において、第二引用例記載のものは真空容器内のガス濃度測定に関して引用されているのであって、この点を第一引用例記載のものに適用することは当業者であるならば容易に想到するということができるというべきである。

(4)  ところで、乙第2号証によれば、周知例2は、「半導体研究16 超LSI技術3 半導体プロセス」と題する半導体プロセスに関する刊行物であり、「2.高密度バイポーラLSI用エピタキシャル成長」という項目において、成長膜の製造における制御方法について、「以上述べた制御方法は、いずれも反応入口のガス濃度を一定にするためのもので、反応管内に入ってからのガスの挙動については、いったん炉の構造が決まってしまうと、外部からは何の制御も行うことができない。すなわち、炉の中のガスの挙動は、厚さ、抵抗率の面からは一種のblack boxなのである。最近、こういった状況を解決すべくいくつかの試みが行われているが、その1つは、成長中の膜厚の直接測定であり、他の1つは反応管内のガス濃度の直接測定である。前者については、菅原らが赤外輻射法を用いてエピタキシャル膜厚のモニタを行っている。(中略)後者の反応管内のガス濃度については、赤外線吸収法、質量分析法、レーザラマン分光法などの方法が報告されているが、前2者は、反応管内からガスをサンプリングして分析する方法である。一方レーザラマン分光法は、炉内のある体積中のガス成分を直接測定する方法である。」(39頁右欄19行ないし40頁右欄9行)と記載されている。そして、質量分析法の例として、図2.22において、「ベローズによってキャピラリの先端が上下してガス抽出位置が変えられるようになっている。Banらは、この装置によって炉内の成分ガスの分析を行ない、Siのエピタキシャル成長の成長速度を支配する因子として、SiCl2が重要な働きをしているということを示唆した。」(40頁右欄図2.20下11行ないし17行)として、反応状態を監視するにあたって、キャピラリという測定装置を反応場所近傍に任意に設けることが記載されている。

また、レーザマン分光法の例として、「図2.23は、(中略)レーザマン分光法による炉内ガス成分の分析装置の一例である。この装置の特徴は、ガスのサンプリングなしに真の意味でのin situ monitorができ、さらにガス温度の測定もできる」(40頁右欄図2.20下17行ないし41頁左欄図2.23下4行)との記載があり、反応状態を監視するにあたって、レーザ光源のレーザ光を反応場所近傍に照射し、反応場所近傍に置かれた分光器によりその散乱光を測定することが示されている。

このように、周知例2の記載によれば、ガス反応炉内の反応状態を監視するにあたってその測定装置を反応場所近傍に設置することは、技術常識ということができる。

原告は、周知例2の41頁左欄図2.22下5行ないし6行の「レーザ光を照射することによって反応が促進されるのではないかという懸念がある。」との記載を引用して、レーザラマン分光法においては反応場所近傍にレーザ光を照射すると反応が促進されて精度の高い情報を得ることができなくなる可能性がある、と主張するが、上記のとおり、反応管内のガス濃度を直接測定するレーザラマン分光法が成長膜製造過程における反応状態を精度よく監視するためのものであることが明らかであり、原告引用の箇所は、反応が促進されないようにすればよいことを示唆するものであるにすぎず、審決の認定の正当性を左右するには足りない。

また、原告は、周知例2の41頁右欄図2.22下16行ないし42頁左欄3行の「反応炉内での抵抗率のin situ monitorは非常にむずかしいので、現状で考えられる最良の方法は、反応管入口にできるだけ近い個所で」との記載を引用して反応場所近傍で直接測定することは困難である、と主張する。しかしながら、当該記載箇所は、エピタキシャル成長膜の抵抗率の制御について、一般的に不純物ガスにおける「微小流量の制御の困難、ガスボンベ内の濃度の不均一、経時変化、ガス配管、反応管壁へのガスの吸着等、バッチ間の不純物密度制御を阻害する因子は多い。」(41頁右欄図2.22下13行ないし16行)との記載に続いて記載されているものであり、不純物密度制御の阻害因子がなければ、反応場所近傍の不純物密度を測定することにより成長膜の抵抗率制御を行うことができることは明らかであって、原告引用の記載により反応場所近傍で直接測定することが排除されるともいえない。

また、乙第1号証によれば、周知例1は、「日経エレクトロニクス1978年7月10日号」であり、周知例1には、「半導体プロセスにおける薄膜形成のインプロセス・モニタリング」と題して半導体装置を製造する場合の薄膜形成におけるインプロセス・モニタリング、すなわち、「半導体プロセス中において、刻々と変化する状態(膜厚、膜質、膜形成など)を監視する」(110頁左欄7行ないし8行)ことについて、各種のインプロセス・モニタリングの着目点と方法が、薄膜生成時のインプロセス・モニタリング、蒸着薄膜生成時のインプロセス・モニタリング及び薄膜エッチング時のインプロセス・モニタリングとして分説され、各種のモニタリングの方法が図A、図B及び図Cに示されている(111頁)。したがって、周知例1では、蒸着薄膜の膜厚状況の監視も、薄膜の生成時又は薄膜エッチング時の薄膜状況を監視すると同様に薄膜の製造における監視と位置付けられていることが明らかであり、第二引用例記載のものの蒸着装置における蒸着薄膜の形成時の監視と共通するということができる。

そして、乙第1号証によれば、周知例1には、薄膜エッチング中のインプロセス・モニタリングについての記載(120頁左欄5行ないし126頁右欄1行)があり、特に図13には、質量分析法によるドライ・エッチングのモニタリングとして、ドライエッチング装置の反応室近傍の壁部分にガスサンプルを導入する測定装置を設けることが示され、図14の探針法によるモニタリングについては探針の測定装置が反応室近傍に設けられることが記載され、さらに、ドライエッチングにおいて、プラズマ中の励起分子、原子及びイオンが発光又は吸収する際に発するスペクトルを測定するスペクトル分光法があることが記載され(121頁左欄2行ないし4行)、図16には、発光スペクトル分光法として、測定装置の分光器をドライエッチング装置の反応室の近傍に設けることが示されていることが、認められる。

そうすると、周知例1及び2から明らかなように、本件出願時点において、反応状態を監視するにあたり精度の高い情報を得るために、その測定装置を反応場所近傍に設置することが、半導体分野で薄膜形成する際の技術常識であった、と認めることができる。

原告は、甲第11号証の記載を引用して、プラズマ放電空間に探針を入れて測定することは、探針の表面に吸着、堆積、スパッタリングが生ずるため、非常に困難なことである、と主張する。しかし、甲第11号証によれば、原告の引用するJOURNAL OF APPLIED PHYSICS VOL.23 NO.9に記載された探針測定は、製造された完成品である熱陰極ガス二極管内の状態を測定するものにすぎないことが認められ、前記周知例1記載の図14のドライエッチング装置のような製造装置における薄膜エッチング工程を監視するための探針測定でなく、周知例1記載のものと技術分野を異にすることが明らかであるから、この原告の主張は、失当というべきである。

なお、原告は、エッチング用原料ガスは反応容器の入口付近で最も濃度が高く、反応生成物は反応容器出口付近で集中させて測定した方がより多くの情報が得られるから、測定装置を単に反応場所近傍に設置するという発想は不可能である、とも主張している。しかしながら、前記認定のとおり、周知例2には、半導体技術分野におけるエピタキシャル成長炉のような反応炉において成長膜の製造の制御の点からみると炉の中のガスの挙動は一種のブラックボックスで、反応炉入口のガス濃度を制御することはできても、いったん反応管内に入ってからのガスの挙動は外部からは何の制御もできないという課題があり、その課題を解決する方法の一つとして、赤外線やレーザー光を用いるガスの吸収分光法により反応管内のガス濃度を直接測定することが記載されており、この場合、反応生成物は反応容器内で生じるものであるから、反応容器出口付近よりも反応容器内のガスを測定する方がより正確なモニタ情報が得られることは当然というべきであり、この原告の主張も理由がないといわなければならない。

(5)  前記(2)ないし(4)の事実によれば、第一引用例記載のものにおいて、チャンバー内のガス密度を吸収分光によって光学的に正確に測定するために、第二引用例に記載された前記技術的事項に前記(4)認定の技術常識を勘案し、その透明板をプラズマエッチング室の二箇所に設けて相違点(2)に係る本願発明の構成を得ることは当業者が容易に想到し得たことというべきであるから、相違点(2)についての審決の判断に誤りはない。

6  取消事由3について

(1)  原告は、相違点3に関して、本願発明の構成は、第一引用例、第二引用例のいずれにも示唆されておらず、本願発明のエッチングの制御手段は当業者が容易に想到できることではない、と主張しているので、この点について検討を進める。

(2)  原告は、前記(1)の主張の根拠としてまず、第一引用例記載のものは、エッチング反応が変化した時点で停止しているだけで、一定のエッチングが定常的に進行している過程中にエッチング条件を調節することができず、Si3N4とSiO2とのような場合にのみ適用することができる技術であるのに対し、本願発明は、Si3N4膜の下地がSiの場合とか、同じSi膜中の場合又は同じSi3N4膜中の場合のように、原料ガスを送るとエッチングが継続して起きる場合でもエッチング深さを自動的に制御するもので、所望の深さのエッチング部が得られるように制御するものであり、本願発明の構成は、第一引用例、第二引用例のいずれにも示唆されていない、と主張する。

しかしながら、前記4における検討の結果によれば、第一引用例においても、エッチングにより発生するSiF4ガスの濃度を検出しているのであるから、同じSi膜中の場合又は同じSi3N4膜をエッチングする場合でもエッチング深さを自動的に制御することは可能であることが明らかにされている。

また、前記2、4及び5において検討した結果によれば、本願発明は、エッチング深さを自動制御するものではあるが、エッチング条件を制御するものではないことが明らかである。他方、第一引用例には、エッチング用原料ガス及び反応生成物ガスの複数のガスの濃度を検出してエッチング終了時点が明確になり、正確なエッチングを可能とすることが記載されているのであるから、分光による光検出器の複数の電気信号を用いてエッチング深さの制御を行うことが示されている。また、第二引用例には、真空容器内の蒸気ガス濃度を分光的に検出して蒸気濃度を監視し、この監視情報をフィードバック系、すなわち自動制御系において使用して、薄膜の厚みを制御することが記載されている。したがって、第一引用例記載の光検出器の電気出力信号を用いてエッチング深さを自動制御することは、第一引用例、第二引用例の記載事実及び得られた情報に基づく自動制御における演算、記憶、制御の常套手段により、当業者が容易に想到するものということができる。

そうすると、上記の点を根拠とする原告の主張は、理由がないというべきである。

(3)  次いで、原告は、前記(1)の主張の根拠として、本願発明は、反応生成物のほかに原料ガス、中間生成物のうち少なくともいずれか一つの赤外ピークを測定し、それらの電気信号を用いて自動制御し、この手段により再現性良くエッチングが行えるもので、具体的には、SiF4の信号を積分して所定のエッチング深さで指示を出すが、それとともにSiF4の信号と所定の相関関係を有するC3F8又はCF4の電気信号を取り出すことにより容易にエッチング条件の制御をすることができ、種々のエッチングパラメーターの正確な制御が可能となり、エッチング深さの制御ができるのに対し、第一引用例記載の方法では、被エッチング物質が変ることによる急激な変化しか測定することができないから、エッチング深さの制御は困難であり、また、第二引用例は、互いに相関関係のある複数の情報を選択して処理しているわけではないから、第一引用例、第二引用例は、本願発明の制御を全く示唆していない、と主張する。

確かに、甲第5号証によれば、本願明細書には、「エッチング生成物のSiF4による電気信号を積分してゆく事によりエッチング深さを検出する事ができる。また、エッチングに関与し、エッチングに対してそれぞれ異なる傾向を示すエッチング用原料ガスのCF4、中間生成物のC3F8ピークをモニタする事により、放電状態、エッチング状態を決定する事ができる。(中略)正確にエッチングに寄与した量が測定できる。」(補正明細書14頁3行ないし18行)との記載及び「この場合SiF4をエッチング深さの制御に他の2つの物質をエッチング条件設定の制御に用いることが出来る。」(同15頁3行ないし5行)との記載があることが認められる。

しかしながら、本願発明の要旨中にはどこにもエッチング条件の制御に触れた記載がないうえに、本件全証拠を詳細に検討しても、本願明細書に、原料ガスと中間生成物ガスとを測定することによりどのような相関関係により放電状態又はエッチング状態を知ることができ、またどのようにしてエッチングパラメーターの正確な制御が可能となって、当該状態をどのように制御することができるのかが、当業者が容易に実施できる程度に具体的に記載されているとは認められず、したがって、原告が主張するとおり、反応生成物であるSiF4ガスの信号と相関関係を有するとされる原料ガスのCF4ガス、中間生成物のC3F8ガスを測定したところで、どの程度エッチング条件の制御をすることができるか甚だ疑わしいといわざるをえない。

そして、前記4及び5において検討した結果によれば、第一引用例にはエッチング原料ガス及び反応生成物ガスを用いてそれぞれのガスに特有な波長の赤外線吸収率を測定することにより、エッチング深さを制御することが示唆されているということができ、これに第二引用例を適用することも困難ではないのであるから、複数の赤外線検出系からの電気信号を用いて自動制御することは、エッチング深さをより正確に実現するために当業者が容易に常套手段である製造工程の監視情報による自動制御系を採用したものにすぎないと判断され、格別困難ではないというべきである。

そうすると、上記の原告の主張も理由がないというほかはない。

(4)  以上のとおり、(1)記載の原告の主張は失当であり、相違点3に関する審決の判断は正当である。

7  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙第一

<省略>

別紙第二

<省略>

別紙第三

<省略>

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